熊本地方裁判所 昭和54年(行ウ)10号 判決 1984年2月27日
熊本市坪井二丁目二番四二号
ニュー広町バル二階三号室
原告
破産者内村健一訴訟承継人破産管財人
福田政雄
同所
同
同
下光軍二
同所
同
同
稲村五男
熊本市二の丸一番四号
被告
熊本西税務署長
後藤増雄
右指定代理人
有本恒夫
同
亀谷和男
同
辻井治
同
公文勝武
同
横内英夫
同
大村弘一
同
渡辺広良
同
小佐井秀秋
同
緒方茂三
同
井寺洪太
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が別紙(一)の更正又は決定欄記載の日付で内村健一の昭和四二ないし四六年分の所得税についてした更正(昭和四六年分については昭和四七年一一月三〇日付の再更正により減額された部分を除くその余の処分)又は決定をいずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
二 請求原因
1 被告は、内村健一が第一相互経済研究所(以下「第一相研」という。)なる名称で営む無限連鎖請(いわゆるネズミ講、以下「本件ネズミ講」という。)に係る事業は、右講への入会希望者と先輩会員との間の金銭の授受の仲介を行うものであり、同人が入会希望者から収受する金員は、この仲介に対する報酬の性格を有し、同人はこの仲介行為を反覆継続して行っているので、これらの所得は事業所得に該当するとして、同人の昭和四二ないし四六年分の各所得につき別紙(一)記載のとおり、それぞれ所得税の更正、再更正又は決定(本件処分」という。)をした。
内村健一は、本件処分につき、熊本国税局長に対し異議申立てをしたが、同局長は決定をしないまま三か月を経過し、審査請求できる旨教示してきたので、内村健一は別紙(一)の審査請求欄記載の日付でそれぞれ国税不服審判所長に対し審査請求をしたが何らの裁決もない。
2 内村健一は、昭和五五年二月二〇日午後二時破産宣告を受け、原告らはその破産管財人である。
3 本件処分には次のとおり違法事由が存在する。
(一) 主位的主張
本件処分には以下述べるとおり重大かつ明白な瑕疵があり無効であるから、全部取消さるべきである。
本件処分の対象となった所得はいわゆるネズミ講の運営を主体とした収益金であるが、この講契約が公序良俗に反し無効であり、入会金等(贈与金についても不当利得の構成が可能である。)が返還されなければならないことは明白であった。
本件ネズミ講が実現性のないネズミ算を根拠として濡れ手で粟をつかむような金儲けができるという詐欺的な所為によって多くの者が損をするばかりでなく、勤労意欲を失わせ、その反面、講主宰者には莫大な金が入ってくることが種々の社会悪の根源となることは一般常識人であれば直感的に判別できるのであって、明白性があるというべきである。
また本件ネズミ講による収益金は公序良俗に反する講契約に基づくもので、総て返還されねばならず、右収益は所得税法上の所得に該当しないのに、被告が調査義務を尽くさず、漫然所得として課税した本件処分には重大な瑕疵がある以上無効である。
(二) 予備的主張
仮に前記主張が認められないとしても内村健一に対する破産手続上、昭和四五、四六年分の入会金、贈与金については、別紙(二)のとおり破産債権が確定した。従って昭和四五、四六年分については各収入額から各年分に該当する破産債権額を控除した残額が各年分の課税対象となるべきであるから、右両年分の本件処分は一部取消さるべきである。
所得税法上の救済規定である同法五一条二項、同法施行令(以下それぞれ「法」「令」ともいう。)一四一条三号及び法六三条、一五二条は、違法不当な事業である本件ネズミ講には適用されない。
所得税法上の救済規定が適用されない以上、原則に戻って国税通則法二三条二項一号が適用さるべきである。本規定は原状回復につき規定したものであって現実に返還されなくとも返還すべきことが判決等により確定した場合を定めたものであるが、本件においては破産手続上破産債権が確定し、右は確定判決と同一の効力を有するものであり、昭和四五、四六年分の各更正は右確定した破産債権に対応する限度で取消さるべきである。
よって請求の趣旨記載の判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実を認める。
2 同3につき争う。
三 被告の主張(本件処分の適法性)
1 原告らの主位的主張について
所得税法においては、現実の収入をもたらすべき行為が厳密な法令の解釈適用の見地から無効又は取り消し得べき瑕疵を帯びているかは問題にすることなく、専ら税法上の見地から、その収入の原因となった行為が関係当事者間で有効のものとして取り扱われ、現実に利得が実現している限り、課税要件を充足したものとしてこれを課税の対象としているのである。
その理由は、所得が元来経済上の概念であって、行為の違法、無効又は倫理道徳上の評価とは関係なく、現実に支配管理ないし享受している利得に課税することが納税者の担税力に対応し負担の公平に即するというところにある。
従って、仮に本件ネズミ講に係る事業から得た収入が不法行為によって生じた違法所得であったとしても、内村健一が右所得に対して現実に支配を及ぼしており自らそれを享受していると認められる以上、その原因となる行為が違法無効であるか否かを問うまでもなく課税の対象となるものである。
2 原告らの予備的主張について
破産債権が確定したところよって係争年分の課税所得が不存在になることはなく、また確定した破産債権は係争年分の必要経費には算入されない。
(一) 所得税の納税義務は毎暦年終了時に成立するとともに(国税通則法一五条二項一号)、租税の賦課処分は、課税要件完成の当時における事実状態と法令に基づいてなされるべきものであり、その違法判断の基準時も課税要件完成の時と解すべきものであって、単に納税者が破産宣告を受け、破産財団に属する財産から破産債権の弁済が行われるからといって、既に成立している納税義務の根拠が失われたり、課税処分が違法になると解すべき根拠はない。
なお破産債権の確定とは、破産手続上債権届により確定した債権額が債権表へ記載されることにより、あたかも当該の届出債権者とその他の債権者全員との間において、届出債権者はその主張する額、順位等に従って破産手続に関与する資格を有する旨を宣言する確定判決があったのと同じ効果を生じ、これを基礎として、届出債権者は配当にあずかる権利を承認され、他の債権者も以後これを争うことができなくなるとの意味であり、確定した破産債権が課税の対象とならない所得であったことが確認されるものではない。
(二)(1) 法三七条一項によれば暦年終了の日までに債務の確定しないものは別段の定めがあるものを除き、その年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできないのであってその債務の確定を待って、その確定した年分の必要経費に算入されることがあるにすぎないのである。
原告ら主張の破産債権の内容をなす講会員の内村健一に対する損害賠償請求権等については、講会員と内村健一との間において民事訴訟として係争中のものを含むなど、とうてい昭和四五年又は同四六年の一二月三一日までに債務の確定したものということができないものであることが明らかである以上、後日に至ってその額が確定したからといって、その原因の生じた年である昭和四五、四六年分の各更正が違法になるものではない。
また、講会員と内村健一との間の入会金等返還請求事件に係る静岡地方裁判所昭和五三年一二月一九日判決によれば、その損害賠償債務の原因は、内村健一の故意による不法行為であるところ、法四五条一項七号、令九八条によれば、故意又は重大な過失によって他人の権利を侵害したことにより支払う損害賠償金は、事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができないのであって、本件破産債権確定額は必要経費に算入できない。
(2) なお、講会員の内村健一に対する請求権は、本件ネズミ講入会契約の無効を前提とする不当利得返還請求権とも構成しうるが、これによれば、本件破産債権のうち先輩会員に対する贈与金に係る部分の金額については、本件ネズミ講の仕組により生じたものではあるが、内村健一がこれを利得しているものではないから、内村に対し返還を請求することができないものであり、これを内村健一の事業所得の金額の計算上の必要経費の額に算入すべき理由もない。
また講会員が内村健一に送金した入会金相当額については、不当利得となるが、法五一条二項、令一四一条三号の規定によれば、無効な行為により生じた経済的成果がその行為が無効であることに基因して失われたときに、すなわち利得が現実に返還されたときに、当該返還金額を返還した日属する年分の事業所得の計算上必要経費に算入することができるのであって、本件破産債権額については現実の配当はおろかその見通しもたたない現在、その原因の生じた年である昭和四五、四六年分の必要経費に算入すべき理由はない。
(3) 原告らは本件ネズミ講は法五一条二項、令一四一条三号にいう事業に該当せず、本件には右各条の適用がない旨主張するが、法二七条一項にいう事業所得とは、経済的利益の取得を伴う事業活動によって得られた所得をいい、ここでいう事業とは営利を目的とする継続的行為であって社会通念上事業と認められるものを指称すると解すべきところ、本件ネズミ講がこの事業に該当することについては多言を要しない。従ってこれから生ずる所得は同条にいう事業所得であるという他はなく、法五一条二項、令一四一条三号にいう事業所得にも該当することは当然である。
四 被告の主張に対する認否及び原告らの反論
1 学説判例上違法所得が課税対象とされていることは認める。しかしながら、例えば賭博のテラ銭については出捐者は不法原因給付により返還請求権はなく、制限超過利息については任意に支払った場合は利息制限法一条二項、四条二項により返還請求権はない。これに比し本件ネズミ講の場合は入会金のみならず贈与金についても返返還請求権があるのであって、右のような場合とは本質的に異なる。
2 本件ネズミ講における贈与金は、直接内村健一が受領したものではないが、本来内村健一が先輩会員に送金すべきものであるところ、内村健一が支出すべきものを支出しなかったので、新会員等が内村健一にかわって支出したと構成すればこれも不当利得となる。
所得税法上資産損失も控除の対象となっているところ、贈与金についても本件ネズミ論の運営上生じた内村健一の不当利得として返還すべきことが破産手続上確定した以上、それぞれの対応年の収入額から控除さるべきである。
3 法五一条二項、令一四一条三号及び法六三条、一五二条は正当な事業を目的とするまともな企業の納税上の救済規定であるが、ネズミ講に係る事業は入会金という一時的な収入を目的とするもので同一人が再入会しなければそれきりのものであって、これが集団的に授受されているだけで継続的な事業とはいえないから、右規定にいう「事業」とはいえず、仮に事業といえるとしても、公序良俗に反した違法不当な業務であるから、税法上の救済規定を享受しうる事業とはいえない。
また法五一条二項は事業自体が全体として公序良俗違反で無効であるため事業全体から不当利得が生ずるような場合を予定したものではなく、事業の「遂行上」不当利得が生ずるような場合の規定であって本件については適用がない。
4 なお原告ら主張の違法事由が認められなかった場合の各年分の課税標準が本件処分のとおりであることを認める。
第三証拠
本件記載中の証拠関係目録記載のとおりであるのでこれを引用する。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、同2の事実は当裁判所に顕著である。
二 本件処分の適法性
1 主位的主張について
所得税法上所得とはその源泉の合法・違法とは無関係な経済上の概念であって、現実の収入をもたらすべき行為の適法性を問うことなく、現実に利得が実現している限り、それを、課税対象としたものと解され、またかかる扱いにより納税者の担税力に応じた課税が実現されることとなるというべきであり、この理は、課税の原因となった行為により生じた利得の返還請求権の有無を問うこことなく妥当し、返還請求権が存する場合の処理は、法五一条二項、六三条、六四条一項等に則り処理するのが税法の建前であると解すべく、従って、課税の原因となった行為により生じた利得を返還しなければならない場合には、現実に実現した利得が、所得税法上のいずれの所得にも該当しないとの前提に基づく原告らの主位的主張は、その前提において失当であり、到底採用することができない。
2 予備的主張について
(一) 原告らは法五一条二項、令一四一条三号は救済規定であって本件に適用されず、原則に戻り、国税通則法二三条二項一号が適用さるべきである旨主張する。
しかしながら、そもそも国税通則法二三条二項一号にいう「申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実」とは、所得税法関係についていえば、同法に定められた課税要件事実を指称するのであって、国税通則法二三条二項一号の適用にあたっては、課税要件を定めた所得税法の各条の適用が前提となるものであるから、確定した破産債権額については課税さるべきでないという原告らの主張は、右債権額は事業所得(内村健一の本件ネズミ講に係わる所得は事業所得である。この点は後述する。)係わる総収入額を構成せず、課税さるべき所得でないか、あるいは各年分の事業所得の金額の計算上必要経費として算出すべきであるか、いずれの趣旨であると解される。
(1) 前者の趣旨だとすれば、違法所得であって、返還すべきものも所得(本件の場合は事業所得)を構成するということは、前記1で述べたとおりであり、後日に至って右返還請求権が破産債権として確定したからといって、右結論に消長を来たすものではないから、採用できない。
(2) 後者の趣旨だとすれば、必要経費として算入しうるかどうかを、所得税法上検討しなければならない。
(イ) 原告ら主張の破産債権が、法三七条一項にいう「売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用」又は「販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」に該当することを認めるに足りる証拠は存在せず、かえって原告らは右破産債権が不当利得返還請求権である旨主張するのであって、本件が法三七条一項を適用すべき場合でないことは明らかである。
(ロ) 原告ら主張の確定破産債権が損害賠償請求権であるとすれば(原告らは本件ネズミ講が公序良俗に反すること明白な行為であったと主張するのだから、入会金、贈与金の返還請求権の根拠を、故意又は重大な過失による不法行為に基づく損害賠償請求と理論構成できることは容易に理解できるところである。)、それは法四五条一項七号、令九八条に該当し、必要経費に算入しえないものである。
(ハ) しかし、原告らは確定破産債権が不当利得に基づく返還請求であると主張しているので、これを前提にすれば、不当利得返還債務については法三七条一項にいう「別段の定め」である法五一条二項、令一四一条三号の適用を受けるところ、右確定破産債権については、本件口頭弁論終結時までに配当手続が行われず(原告らは右事実については明らかに争わないので自白したものとみなす。)、現実の返還がなされていない本件においては、昭和四五、四六年分の事業所得の金額の計算上、前記確定破産債権額を必要経費に算入することはできないものといわねばならない。
原告らは本件ネズミ講に係る事業は入会金が集団的に授受されているだけで、法五一条二項の予定する継続的な事業といえず、仮にそうでないとしても、右事業はその目的が公序良俗に反し無効であるので同条項の予定する救済に値する「事業」ではなく、本件のように事業自体から不当利得が生ずる場合には「事業の遂行」により生じた損失とはいえず同条項の適用はない旨主張する。
しかしながら、本件においては被告が、本件ネズミ講に係る事業が右講への入会希望者と先輩会員との間の金銭の授受の仲介を行うものであり、同人が入会希望者より収受する金員がこの仲介に対する報酬であると認定したこと自体は争点となっておらず、右仲介が集団的に行われていたことは原告らの自認するところである。とするならば、内村健一は入会者の再入会の有無に拘らず右仲介行為を反覆継続したもので、まさに継続して事業を行なったものというべきである。ちなみに、証人北野弘久も、右金員に課税するとすれば(これに課税すべき立場をとる当裁判所の見解は前記した。)事業所得とせざるをえない旨供述するところである。但し、右証人は、資産損失の必要経費算入を規定した法五一条二項、令一四一条三号適用の可否については、その立法趣旨からして、正当な事業を目的とするまともな企業の納税上の救済措置として規定されたのであるから、本件ネズミ講に係る事業は右規定にいう事業に当らない旨供述する。しかしながら、立法趣旨が右のとおりであることについて他に確たる証拠はないばかりか、同じ所得税法の中で、法二七条適用の関係では「事業所得」といいながら、法五一条二項、令一四一条三号適用の関係では「事業所得」や「事業」に当らないというように別異(相対的)に解することは法的安定の面からいって好ましくないところ、そのような解釈が妥当するような特段の事情があるとも認められない。従って、右供述も採用することができない。
法六三条、一五二条の適用の可否についても、「事業所得」の解釈につき法二七条のそれと別異(相対的)に解すべきでないことは右同様であるから、この点でも証人北野弘久の証言を採用しないところ、本件ネズミ講の事業が廃止されたのが、昭和五四年であると原告らが主張していることは当裁判所に顕著である(当庁昭和五三年(行ウ)第七号事件判決参照)。してみれば、法六三条、一五二条を適用して、内村健一の昭和四五、四六年分の本件処分を云々する事案でないことも明らかである。
また事業の仕組そのものから不当利得返還債務が発生するからといって、右債務が法三七条一項に定める「売上原価その他当該総収入金額を得るために直接に要した費用」又は「販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」にいう「費用」になるものでなく、同条項にいう「別段の定め」である法五一条二項の適用を否定すべき理由はない。
3 原告らの予備的主張は、本件ネズミ講に係る事業から生じた確定破産債権は、法五一条二項、令一四一条三号、及び法六三条、一五二条の適用の場面ではないことを前提に、その取扱いにつき所得税法上何らの規定もないので、国税通則法二三条二項一号に該当するものとして、昭和四五、四六年分の各更正を取り消すべきであると結論づけるものであるが、右前提がとりえないこと前記したところから明らかである以上、右結論部分もまたとりえないこと言うまでもない。
三 以上述べたとおり本件処分につき原告らの主張は全て採用できないところ、原告ら主張の違法事由が認められない場合の各係争年分の課税標準が本件処分のとおりであることは原告らの自認するところである。
四 従って本件処分は適法で、原告らの請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 弘重一明 裁判官 簑田孝行 裁判官 丸地明子)
別紙 (一)
<省略>
別紙 (二)
昭和五四年(ワ)第八号破産事件 確定債権額
<省略>